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一生忘れない5日間。

 4月1日の着任式から始まったこの5日間は、今まで生きてきて一番しんどい、濃い、一生忘れられない5日間となりました。

 
 入学式にはNHKの取材依頼もあったのですが、子どもに与える影響や増える業務(保護者の了解がいるので)も考えて断りました。入学式が無事に終わるかどうかというプレッシャーときたら、今までのどんな仕事より大きかった。
 
入学式
 終わって一安心、実は結膜炎か何かで目が真っ赤です。しんどかった……



 特に式辞は、学校の現状を見てから原稿を書こうと思っていたら、合間に入る業務に押されてギリギリになり、「月曜日からも元気に学校に来てください!」を「明日から学校に……」と間違えて書いてしまいました。そして間違えた通りに「明日から」と言ってしまい「違う、月曜日だ」と言い直す羽目に。


 「やってしまった」

 
 真っ白になった頭で、そこからは原稿を読まずに伝えたいメッセージだけは話して何とか終了。続く来賓の方が「明日から」と言い間違えた時に「さっき校長先生も間違えましたが」と笑いを取ってくださり、本当に助かりました。



 もう一つの校長の仕事は、新入生を1人ひとり紹介すること。


 名前を呼び「はい!」と答えた児童に立ってもらい、「この子が○○さんです!」と来賓の方や、保護者や、教職員に顔を見せます。


 小規模校ならではのアットホームな演出で、「これが『敷津の宝』です」と紹介しながら、1人ひとり、大事な子どもたちを預かっているのだと実感しました。



 さて、入学式でもう一つジーンとしたのが、2年生による学校生活の紹介です。

 
 前にぞろぞろ出てきた2年生が、掛け合いで「敷津小学校の1年間」を紹介していきます。遠足、給食、プールなど紹介しながら、合間になわとびをやって見せてくれたり、歌を歌ったり。1人ひとりが大きな声で、堂々と発表しています。

 目の前には、返事をするのがやっとの、幼い新1年生。

 ある先生曰く「1年生ビフォー&アフター(笑)」、「1年間でこんなにできるようになるの!?小学校ってすごいやん!」と素直に感心していました。


 無事に終了し、来賓の方々にも「和やかでいい式でした」と言葉をいただいて一安心。いや、どこかで「民間校長、式辞で失敗しはった、やっぱアカンなぁ」と言われてるかもしれませんが……(汗)



 さて、入学式の舞台裏で一番感心したのは、教職員の方の機動力です。

  
 セッティングはほぼ前日に終わっていますが、当日も朝からジャージ姿で細かいチェックや準備。式が近くなると、ビシッと晴れの姿に着替えて式を進行していく。終わるとまた、瞬間技のようにジャージに着替えて「式場」をあっという間に「体育館」に戻してしまう。

 
 メンバーが少し変わったり、昨年より人が減ったりしているのに、短い打ち合わせと互いにフォローしあっての式運営に驚きます。 


 また、PTAの方には、来賓の方のお茶出しや受付で手伝っていただきました。自分の娘がまだ小学校に上がっておらず、PTA活動をした経験が無いので、学校との位置づけやどこまでお願いするものか把握できずに今も戸惑っているのが、正直なところです。

 平日の朝から正装して来ていただくことが、働く方にとってどれほど大変かわかるだけに、もう少しいい形の対応はなかったかと考えています。ご協力、誠にありがとうございました。



 それにしても、新入社員になった時、塾で校長になった時の数倍のしんどさです。塾ではある程度、社内で人間関係もありましたし、日常の運営がわかっているのでずっとずっと楽でした。研修は3ヶ月こってり受けましたが、学校ごとのルールも違うことが多く、慣れるので精一杯です。


 このままだと役立たずで終わってしまうので、リーダーとして送り込まれた意義を考えさせられた5日間でもありました。

 
 「外から来た」から、よく見えることもあります。
 学校現場で何度も思い浮かぶのは「制度疲労」という言葉。


 ある校長先生は「スクラップ&ビルドではなく、『伝統』や『決まりごと』をスクラップできないまま、子どもを取り巻く社会状況が変わっていく。『ビルド・ビルド・ビルド』の連続で、学校のやるべきことが増え続けている」とおっしゃってました。


 教頭先生が書類の山の中で遭難しかけながら、保護者や地域の活動対応の電話やメールを凄まじい勢いでさばいているのを見ても、わかります。


1976.jpg

 学校の「スクラップできなさ」の象徴なのか、1976年の『現代用語の基礎知識』がなぜか校長室前の山積みの書類から出てきました……もはや「現代」ではない……ヤフオクで価値が無いのを確かめて捨てました(笑)

  
 


 外から来た人間として「このややこしい仕組みはナゼ!?」と思って質問すると、それなりに「歴史と理由」がある。「昔の校長先生がしはった」「過去にこういう事件があって」などなど。

 
 背景を踏まえた上で、自問自答してみる。

「それって『子どものため』になってんの?」


「子どものため」の解釈も、人それぞれ。
 

 たとえば、朝食を食べてこない子どもに、学校が朝食を用意するべきか否か?という問いがあった時。


 「子どもの集中力のために朝食を提供すべきだ」と言う人もあれば「そこまでやると、家庭はますます学校に丸投げになる、ネグレクトが進む可能性もあるのでよくない」と言う人もいる。

 
 ある学校で、聞いた先生の言葉。


「朝食を与えるのはカンタンだけど、私は『自分で小遣いをためてパンを買っておきなさい、料理を覚えなさい、親に頼みなさい』と指導しています。『自分で手に入れる』力をつけてやらないと、学校がなくなるとダメになってしまう。ひどい例だと、長期の休みで数キロやせてしまう子もいるんです」


 「子どもの未来のため」という視点で、学校教育は動いています。
 それにしても、この厳しい現実を前に、膨らみ続ける業務と減らされ続ける人手は悩ましい限り。


 グローバルだキャリア教育だという以前の、根源的な「生きる力」を育てる場所として。
「小学校をもっと教育活動に集中させてほしい」というのが、この5日間の率直な感想です。

 
 そうそう、敷津小学校は多彩な国をルーツに持つ子どもがいて、もともとグローバル。この機会に英語を勉強しよう!と思いました。いや、今はその前に書類の山が……

 
 過去の経歴も成功体験もリセットして、怒濤のように学びながら駆け抜ける日々です。事務処理能力とパソコンはそこそこ強いので、ITシステムが4月から変わって大混乱の現場に多少はお役に立てればと思う次第。


 こうして現状を外に伝えるのも、自分の役目だと思っています。

 ※また指導が入るかもしれませんが、公開しないと「公募校長の意義」も「大阪の学校現場」も信頼は得られないと思っています。
 
 
 教職員の方や他の校長先生に教えられ、時に温かくフォローされ、学校現場に来なければ出会えなかった「新たな人生の師匠」や「頼りたい先輩」や「やる気に満ちた若い人」にたくさん出会えた喜びを日々感じています。

 
 新入生との記念写真に校長として収まった時、「先生として子ども達と出会ってしまった」責任の重さを、ずっしり感じました。

 
 私の背景がどうであれ、子ども達にとっては「校長先生」です。


 月曜日(←ココ重要!)からの、子ども達との出会いに備えます!


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テーマ : 小学校
ジャンル : 学校・教育

Tag:考えたこと 

プロフィール

山口 照美

Author:山口 照美
前・大阪市立敷津小学校校長。現在は別の形で公教育に関わっています。

大阪市の公募で採用された民間人校長の1人。塾の校長経験を経て起業し、広報代行会社の経営やセミナー講師を11年間務めた後、2013年4月より3年間、校長職を務めました。

介護福祉士の夫と小3の娘、3歳の息子(2016年現在)に支えられ、「経済格差を教育格差にしない」を目標に、企画力と行動力で教育に関わり続けます。

著書『企画のネタ帳』(阪急コミュニケーションズ)『売れる!コピー力養成講座』(筑摩書房)『現代語で読む「たけくらべ」』(理論社)など。

日経DUAL連載中
http://dual.nikkei.co.jp/list.aspx?rid=1436

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